中四国の旅行とパズルを詰め込んでおきます


by cadoya21
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尾道のリンク集

※2009年6月現在

●観光

 尾道市
 観光協会
 しまなみ海道
 おのみちでグルメ

 iモード用観光案内


●鉄道

 JR西日本

●自動車

 市内駐車場
 NEXCO西日本(山陽自動車道)
 本州四国連絡高速道路(しまなみ海道)
 広島国道事務所

●バス

 おのみちバス(市内)
 本四バス(しまなみ海道)
 中国バス(高速バス・御調)
 鞆鉄バス(福山・浦崎)
 広島交通(高速バス)
 日本交通(高速バス)
 リムジンバス(広島空港・乗換有)

航路案内

 ・渡船

   福本渡船(1円ポッポ)
   尾道渡船
   宮本汽船
   駅前渡船 (2009年8月運航再開予定)

 ・他の航路

   Nob Club
   備後商船
   歌戸運航
   芸予観光フェリー
   瀬戸内クルージング
   長江フェリー
   生名公営渡船
   弓削汽船
   ニューうおしま
   尾道市因島総合支所

●タクシー

 タクシー予約ナビ尾道市

 備三タクシー
 中国交通
 尾道交通
 尾道合同タクシー
 せとうち観光タクシー
 因島タクシー
 瀬戸田タクシー

●レンタサイクル

 尾道港ターミナル
 向島観光協会

●レンタバイク

 河尻モータース(向島)

●レンタカー

 トヨタレンタリース
 ニッポンレンタカー
 マツダレンタカー
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by cadoya21 | 2009-02-24 20:06 | 尾道ガイド
駅前旅館に泊まるローカル線の旅
(大穂耕一郎(おおほこういちろう)著・ちくま文庫)
という02年に出版された本がある。
元は、96年に出版された「駅前旅館は生きている」(のんぶる舎)
という本だった。

尾道ガイドに、駅前旅館の記述が無いのを思い出し、今回加筆しました。



尾道は山陽本線のほぼ中央に位置し、所謂、ローカル線ではないが、
都会でもないのに駅前の人口が、ほぼ皆無という街である。

僕が子供の頃は、駅の改札を出るとすぐに横断歩道があり、
それを渡って30mほど進むと、駅前桟橋へ突き当たったものだ。
そこを左(尾道大橋側)へ曲がり50mほど進むと一軒の駅前旅館があった。
その裏手にももう一軒、駅前旅館があった。

残念な事に、前者の宿名を思い出せない。
確か、○○さんという女の子の同級生の家だったので、
一度も玄関へ入った記憶が無い。
その上、彼女のお父様は、子供の時に習った剣道の先生だった。
後者は「海山荘(かいざんそう)」という旅館だった。
こちらも□□さんという女の子の同級生の家だったが、
お互いの父親同士も同級生だったので、生家で法事などがあると、
ここで食事会を行うことが多かったので、何度か行った記憶がある。

だが、駅前再開発に伴う区画整理で双方とも道路になっていた。
「海山荘」は、向かいに「海山」という割烹料理屋をすぐに開いていたが、
08年10月末に閉店されたらしい。

尾道駅前に駅前旅館は無くなってしまったが、駅前ビジネスホテルはまだある。
だが、期待すると痛い目に遭いかねないので、ここでは薦めません。
前にも書いたと思うが、尾道旧市街の宿はピンとキリしか無いので
キリを薦める気には、到底ならないというのが本音である。

すると薦められるのは、一泊数万円のピンの宿というのも情けない話なので。



現在の尾道駅の改札を出て、小さい待合を抜け表へ出て左に横断報道があり
渡ると、正面にあった筈の駅前桟橋は、右手200m先へ移動しているが
その建物を目指して歩みを進めると、建物の手前に駅前渡船の桟橋がある。
ここからフェリーへ乗り、対岸の向島を目指す。

目の前に灯台のある小山が見え、その左脇に桟橋があるからそこへ着くのかと
思ったら、その左の川へフェリーが入っていきます。
川を500mほど遡ると別の桟橋が見えてきて、そこでフェリーを降ります。
陸(向島)へ上がるとすぐ左にJFEの門が見えますが、
それとは反対側にある小さな橋を渡り、中学校の校庭を左に見ながら真っ直ぐ
100m弱進むと、右側に小さな看板を立て掛けてあるのが、
港前民宿というにふさわしいB&B潮風さんです。


これを書いている09年2月時点で、要注意点が二つ。

一つは、時期に関係なく、主要交通機関のフェリーは終船時間があります。
22時頃の終船に遅れると、駅前からタクシーで尾道大橋を渡って宿へ行く事に。
タクシーは、尾道駅前~駅前渡船向島側(JFE商事の富美浜の正門前)が
片道2000円前後です。更に尾道大橋150円や深夜割増も?

もう一つは一時的だと思いたいのですが、
08年12月に、前述の川を遡った所にある桟橋が沈没し、修理中とのことで
駅前渡船が休航中なので、別の方法で行かねばなりません。
その方法は、尾道駅から書き直すと

現在の尾道駅の改札を出て、小さい待合を抜け表へ出て左に横断報道があり
渡ると、正面にあった筈の駅前桟橋は、右手200m先へ移動しているが
その建物に背を向けて左(尾道大橋側)へ曲がり300m進むと桟橋があります。
ここから福本渡船(別名:1円ポッポ)というフェリーに乗り、対岸の向島へ。
目の前に灯台のある小山が見え、その左脇に桟橋があり、そこへ着きます。
陸に上がって川沿いに500mほど進むと、左側に最初の橋が見えます。
その橋の角を右へ曲がり中学校の校庭を左に見ながら真っ直ぐ100m弱進むと、
右側に小さな看板を立て掛けてあるのが、港前民宿というにふさわしい
B&B潮風」さんです。


あと、細かい注意点が二つ。

B&B潮風」さんは、一日3組(1組=1~3名)限定の宿です。
ご予約は、お早めに。

あと、フェリーが桟橋に着いたら、降りる方が優先です。
駅前渡船は、自動車は乗れません。
福本渡船は自動車が乗れますが、
フェリーの左側前方の車一台分のスペースは、バイクと自転車優先になります。
人は、フェリーの両端にある待合へ入るか、外で潮風を香るのも一考です。



多分、フェリーで渡るという文化に慣れない方には、
大変不便に感じる民宿かもしれませんが、
尾道を知り尽くしたCADOYAには、潮風を香られる「B&B潮風」さんは
最も尾道らしい宿の一つと思えるので、心からお奨めする次第です。

そう、港前民宿を。
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by cadoya21 | 2009-02-23 23:33 | 尾道ガイド

京都の「う」

京都七条通りを東へ進み、鴨川の七条大橋を渡り
少し坂を上ると右に三十三間堂、左に国立博物館があります。
その数十メートル手前にあるのが「わらじや」です。

「わらじや」は、創業400年以上の「うぞうすい」の店です。
「うぞうすい」を今風の漢字で書くと「鰻雑炊」です。

店の中に、太閤秀吉が使ったという茶室が残っていますが
非常に狭い部屋で1室しかないので、
この20年間に10数回も足を運びましたが、
運良くその部屋へ入れた事は一度しかありません。

永く続いた名店であるが故の悩みとでも言いますか、
ネット上を見渡すと、心無い書き込みが見られます。

でもそれは、名店であることの裏返しでしょう。
と書けば聞こえは良いのですが、
仲居さんの対応が悪かったり、出来の良くないモノを出されるという
本当の意味は、店の仲居さんに
「どこに何を書いてもいいから、2度と来るな
とあしらわれているのです。

その意図も判らづ、
本当にネット上に悪口を書く人達って、悲しい人種です。
書く前に、自分が「招かざる客」であると、自覚しましょう。
そして「招かれる客」になれるよう、人間を磨きましょう。
「懐の厚さだけが美徳である」というのは、京都では通用しません。
通用するのは、所詮「栄華10年寿命30年」の店です。

僕は、家族でも子供は落ち着いて我慢が出来るようになるまで
そう中学生になるまで、連れて行きませんでした。
やはり料亭ですから、客側もそれなりのマナーは必要ですし、
一見さん(観光客)お断りでないのを良いことに、
子連れで行ったり、写真をやたら撮る客がいるのは、悲しいことですね。

僕の場合、家族以外で一緒に行く方々は、皆、大切な友人です。
この春、あの人を誘って行きたいのですが、さてどうなるか・・・?
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by cadoya21 | 2009-02-21 22:48 | 旅行メモ

京都の「あか」

京都のお好み焼きは、
普通の関西風お好み焼きで、ソースが辛口である。

その京都のお好み焼きに合う飲み物が「あか」である。
「あか」は、赤ワイン+焼酎+サイダー等の甘いカクテルです。
アルコール度数は低く、主にオヤジ共がガブ飲みします。
それが辛口のソースに丁度マッチして食が進むのです。

京都へ行った際には、古風な京料理も良いですが、
是非、お好み焼きと「あか」もお試しあれ。
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by cadoya21 | 2009-02-21 22:31 | 旅行メモ

お奨めの日本酒

● かもみどり

 「酒米栽培振興特区」に指定され、
 酒米(山田錦)を 自家栽培して酒造してます。

 (大手も含めて)普通の酒蔵では自家栽培が
 許されていないどころか 配給制なので、
 良いお酒を造る為の良いお米の量を確保する為に
 高コスト高価格になるのですが、
 ここは自家栽培により低コスト低価格を実現して
 いますので、同レベルの日本酒に比べて、
 送料込みでもかなり割安なのでお奨めする次第です。

 最近、東京のビックカメラで売っていたので、驚きました。

 余談ですが、酒蔵全体が
 文化庁第33-0066-0076号「登録有形文化財」に
 指定されています。

 CADOYAの希望としては、
 今後、長期間熟成保存をした古酒を販売して欲しいです。
 正直に造った日本酒であれば、
 長期間熟成したら、きっと期待出来る酒になる筈ですから
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by cadoya21 | 2009-02-20 23:00 | 旅行メモ
尾道で温泉といえば古くからある養老温泉のことを指すが、
最近は、市町村合併のお陰で、御調町の市(いち)にある
ふれあいの里も有名になりましたね。

しかし、日本全国を見渡しても1、2を争う秘湯が
尾道市原田町にあります。
それは「ゆうじん(有神)の湯」です。

現地は山間の集落の外れなので、1日に数本しかバスもなく
いや逆に路線バスがあるが為に尾道の人達は車で入れず、
(バスとスレ違う事が出来ない程の細道?)
原田町の集落の湯治客しか行かない温泉らしいです。
どうも「有神温泉」というバス停が近くにあるようですね。

但し、ラジウムの含有量は、日本でも1,2を争うとか。
一度は行ってみたいモノですが、さて、いつになるのやら・・・
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by cadoya21 | 2009-02-05 00:08 | 尾道ガイド

尾道の旧跡6

尾道は、本当に歴史がある町なので、旧跡を挙げ出すと
キリがありません。

千光寺山中腹(持光寺周辺)に現存する「二階井戸」は
有名ですが、レアな現代旧跡を挙げれば、

千光寺山山頂脇の遊歩道の外れにひっそりと佇む
高さ2mほどの「石像」、
千光寺山山頂脇の広場に放置された「倒された石碑」、
浄土寺山(瑠璃山)中腹の「鎖山」、
向島中学校や尾道工業高校跡地周辺にあった「塩田跡」、
毎年のように保健所や警察が焼却しているが
絶滅不能な百島の「自生芥子」、
住吉浜~十四日元町に残る港湾施設、
栗原の道路脇(私鉄線路跡の脇)に残る
「一寸待て電車は来ぬか」と彫られた「石柱」、
商店街周辺各地に残る井戸(飲まないでね)等があります。
これらは尾道市民にはかなり有名な筈ですが、
観光誌には決して載る事が無い旧跡ばかりだと思います。


あと、尾道を知らない方からよく質問されるのが、
自転車もバイクも上がれない場所の家へ
郵便配達はどうするの?バキュームカーは?
というのがあります。
答は、郵便配達は、スニーカーを履いて山道を
毎日上り下りする局員さんがおられます。
バキュームカーは、
何百mもある長大な延長ホースがありますが、
これらも、普段の尾道生活の一部だと思いますが、
いつの日か、新しい旧跡となっていくのでしょうか・・・
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by cadoya21 | 2009-02-05 00:07 | 尾道ガイド

尾道の旧跡5

尾道で一番大切な旧跡は、なんと街中にあります。
「尾道中世遺跡」と呼ばれる中世・室町時代の人々の
生活の跡が、建物の下の地面の下に眠っているのです。

今迄に発掘した遺物は、生涯学習センター(旧筒湯小)の
3階にある「尾道遺跡発掘調査研究所」で閲覧可能です。
但し、平日昼間しかやってません。

年中閲覧可能な施設は、新尾道駅2階待合室にありますが、
簡単な資料が少しだけ展示してあります。

やはり観光的な施設ではなく、研究所は
学術的な施設なので平日しかダメなのでしょうね。
ただ報告書や資料には、前述の山陽道の記述を代表格に
捏造と言わざるを得ない部分も散見出来、
本当に貴重なのかどうか、私には判断出来ません。
でも遺物は嘘をつきませんので、
是非、発掘された現物を観て頂きたいと願ってます。
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by cadoya21 | 2009-02-05 00:06 | 尾道ガイド

尾道の旧跡4

村上病院の角へ戻り東へ進むと昔、ハカリ屋さんがありました。
他の町でも滅多に見ないハカリ屋さんですが、計量器具全般を
扱うお店で、店先には前述のオバQと並ぶ尾道の商店街名物の
有料の体重計がありました。
体重計に乗って10円を入れると自動的に体重を計測して、
値を硬券へ印字して出力するモノでした。

次の交差点(アーケードの中)から先を十四日(とよひ)元町と
言います。
日本のお馬鹿な地理学者達のほぼ全員が、地名に日にちが
入っていると必ず「毎月何日に市があった」と嘘を言いますが、
この十四日もちゃんと別な意味があります。

明治時代に町名を決める際、現在の十四日元町、長江1丁目、
2丁目、3丁目、十四日町をまとめて、十四日町となりました。
それを分ける際、長江口と言われた港のあったこの辺りを
港を意味する元町と名付けたのです。

では、現在の十四日町に残る旧跡には、何があったのか?
それは、江戸時代に尾道へ陸路で入る為の関所がありました。
関所跡はちゃんと残っている筈ですが、今や観光客が訪れる
場所ではないので、どこにも紹介はされてないようです。

この関所こそが、十四日の正体です。
十四日とは、関所から石見銀山へ行き、銀を尾道迄持って
帰るのに要した時間の事です。
おそらく関所から歩いて現在の吉舎町か三良坂町まで行き、
馬洗川~江の川を水路で下り石見銀山へ行き、銀を持って
尾道の関所まで戻ってくる日数を地名が示しているのです。

江戸時代、世界最大の銀鉱山だった石見銀山の積出港として
さぞかし栄えたと思われるかもしれませんが、一般人の
立ち入りが厳しく制限される幕府の直轄地だった為、
尾道の街は衰退していったのは、皮肉な歴史の一頁であった。
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by cadoya21 | 2009-02-05 00:05 | 尾道ガイド

尾道の旧跡3

尾道駅で電車を下りて改札を出て左へ進み横断歩道を渡ると
すぐに背の低いアーケード道が始まるが、ここは駅前通りと
言われ、それが切れて、伊予銀行(林芙美子像前)を過ぎて
再びアーケードに入る所からが、商店街と呼ばれている。

数軒目の左にある陸橋を上ると、
その先に百枡計算で有名な「土堂小学校」がある。
小学校の東隣が「持光寺」である。
陸橋から商店街を数分進むと右手に「桂馬」の蒲鉾屋がある。
痛み易い商品なので、その場で食べるモノ以外は、
クール宅急便で配送される事をお奨めします。

その2軒先にある三井住友銀行(旧・住友銀行尾道支店)が、
明治初期に住友財閥が銀行業を始める事を議決した場所で、
日本の金融史の一頁を飾る旧跡の一つである。
さらに2軒先には、戦前の尾道商業会議所が同じ場所に
再現されており、2階の議場は往時を偲ばせます。

更に5分程歩くと、交差点でアーケードが切れますが、
その角に有名な「オバQ」の乗り物があります。
その隣の大きな建物が「本局」と呼ばれる郵便局で、
再びアーケードが始まります。

本局から10軒ほど先にある村上病院が、大林監督のお父様が
勤めておられた病院です。
この10軒ほどの間に、信行寺の生家がありました。
病院の角で南に続くアーケードの通りがありますが、
この通りを「荒神堂」と呼び、
江戸時代後期に最も栄えた通りだったらしいです。

「荒神堂」の正面に見える建物が、尾道商工会議所です。
ここに中央桟橋があり、映画「転校生」にて使われた船の
「うらさち」が、撮影当時に寄港していた桟橋です。
この東側(尾道大橋側)の浜を「住吉浜」と呼び、
その隣に「住吉神社」があります。
毎年1月5日に、ちりめんじゃこのセリ市をここで開き、
その年の全国のちりめんじゃこの相場が決まっていたとか。
夏の花火大会は、この神社の祭なので、
神社の正面がメイン会場となり、大いに賑わいます。

村上病院の角へ戻り東へ進むと・・・
長くなったので、次↑で述べます。
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by cadoya21 | 2009-02-05 00:04 | 尾道ガイド