中四国の旅行とパズルを詰め込んでおきます


by cadoya21
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尾道の旧跡4

村上病院の角へ戻り東へ進むと昔、ハカリ屋さんがありました。
他の町でも滅多に見ないハカリ屋さんですが、計量器具全般を
扱うお店で、店先には前述のオバQと並ぶ尾道の商店街名物の
有料の体重計がありました。
体重計に乗って10円を入れると自動的に体重を計測して、
値を硬券へ印字して出力するモノでした。

次の交差点(アーケードの中)から先を十四日(とよひ)元町と
言います。
日本のお馬鹿な地理学者達のほぼ全員が、地名に日にちが
入っていると必ず「毎月何日に市があった」と嘘を言いますが、
この十四日もちゃんと別な意味があります。

明治時代に町名を決める際、現在の十四日元町、長江1丁目、
2丁目、3丁目、十四日町をまとめて、十四日町となりました。
それを分ける際、長江口と言われた港のあったこの辺りを
港を意味する元町と名付けたのです。

では、現在の十四日町に残る旧跡には、何があったのか?
それは、江戸時代に尾道へ陸路で入る為の関所がありました。
関所跡はちゃんと残っている筈ですが、今や観光客が訪れる
場所ではないので、どこにも紹介はされてないようです。

この関所こそが、十四日の正体です。
十四日とは、関所から石見銀山へ行き、銀を尾道迄持って
帰るのに要した時間の事です。
おそらく関所から歩いて現在の吉舎町か三良坂町まで行き、
馬洗川~江の川を水路で下り石見銀山へ行き、銀を持って
尾道の関所まで戻ってくる日数を地名が示しているのです。

江戸時代、世界最大の銀鉱山だった石見銀山の積出港として
さぞかし栄えたと思われるかもしれませんが、一般人の
立ち入りが厳しく制限される幕府の直轄地だった為、
尾道の街は衰退していったのは、皮肉な歴史の一頁であった。
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by cadoya21 | 2009-02-05 00:05 | 尾道ガイド